メディア関係
日栄 CM 出演

撮影ロケで 5 日間、エベレストのふもとにあるシャンボチェ( 3800m )に滞在しました。ロケの前半ずっと悪天候が続いてヒヤヒヤしましたが、一日だけ晴天に恵まれたので、早朝から一気に撮影しました。撮影時、私は実際に使ってきた装備を使いました。一緒に出演されているパルテンバさんは、ネパール屈指のシェルパです。彼はエベレスト南西壁の初登頂者でもあり、実力も人柄もすばらしい人です。 ( 小西談 )
1999 年 NHK ドキュメンタリー番組出演 (穂高連峰の 365 日)
美しくもあり、また、時に苛酷な自然の表情を見せる、日本第三位の標高 3190m の奥穂高岳を主峰とする北アルプス穂高連峰。日本ではここにしかない 3000m 級の険しい岩の稜線が続く。厳しく雄大な自然は、多くの登山客を誘うとともに、極限の山登りを続ける登山家たちの生死をかけた場所でもある。
日本を代表する登山家、小西浩文の姿を通して、穂高連峰の四季の姿とそこに生きる人間のドラマをあますところなく映し出す。高山植物が咲き乱れ、雷鳥やサルの親子が姿を見せる夏、紅葉の秋。雪に覆われる厳しい冬。日本最難関の縦走路のひとつを言われる稜線に、積雪期では初めてテレビカメラが入った。 NHK 名古屋放送局が、最新のハイビジョンカメラを駆使して撮影。
映像は春、まだ凍てつく穂高岳山荘の小屋開きと、そこで働くネパールのシェルパたちの姿を追う。そして、日差しが容赦なくふりそそぐ夏、登山家、小西浩文氏の苛酷なトレーニングを映す。・・・
( 以下略 )
(山と渓谷 1999 年 1 月号、朝日新聞 1999 年 1 月 1 日号 より抜粋)
2000年 テレビ朝日「ネイチャリングスペシャル 西田敏行
米大陸最高峰 アコンカグアに挑む」登山コーディネート及び出演
“愛しあうヒトと自然”をテーマにした大型ドキュメントのリポートは最多の四回目。アラスカ、赤道、メキシコ・アリゾナに続く大紀行だが、「今回は僕にとってはどうしても行きたかった場所で、成し遂げたかったこと。その機会をもらって幸せです」といつにも増して熱っぽい口調だ。
アメリカ大陸最高峰のアコンカグア(標高六九六二メートル)に挑むきっかけとなったのは、世界的冒険家・植村直己さん(故人)の足跡を追った映画『植村直己物語』に主演した十五年前。「植村さん役を演じながらウソをこいての撮影は気持ち的につらいなと感じていたときに、サポートのクライマーの方から『西やん、一つくらいは植村さんが登った山に登ってあげなよ』と言われたのが頭からずっと離れなかったんです」
三十八歳の映画撮影時は「標高五三〇〇メートルのところを平気で走れる肉体」を誇っていた彼も現在五十三歳。この間、役者としての活躍は目覚ましく、日本を代表する役者の一人となったが、「しつこいぜい肉もつきました」。
昨年夏、ネパールに出掛けて自主トレーニングを行い、十一月中旬、アコンカグアへの登山を開始。「一歩歩いた瞬間、十五年前の肉体があればと思いましたが、それよりも『行きたい!』という意志の方が勝っていたので、五十三歳の僕がスッピンでできるところまでやろうと、素直にやらせてもらいました」。
頂上アタックまで丸一カ月。途中、五五〇〇メートル付近で天候が急変したときには「テントはボロボロで“猛牛のような風”の形が見えた」と恐怖を。またパサパサのパンとチーズだけの食事をしながら「早く日本に帰ってそばを食べたいと思った」と自分のふがいなさを振り返る。が、「今は先生(植村)に答案用紙を提出した心境です」と積年の思いを実現してホッとした感じで、「団塊世代に、同輩として『まだ頑張れるよ』と言いたい」とメッセージする。
2001年5月25日 産経新聞 朝刊 より
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